賃貸法律相談室
-
2026年7月 弁護士による賃貸法律相談室
認知症で物件が動かせない?
賃貸オーナーが知っておきたい家族信託の備え
認知症によるオーナーの判断能力低下は、賃貸経営の「資産凍結」に直結します。
成年後見制度の限界を補い、機動的な管理や売却を可能にする
「家族信託」のリアルな実務と防衛策を弁護士が解説します。
ご相談
私(70代)は都内でアパート2棟を所有しています。
知人のオーナーが認知症を発症し、修繕も新規の募集契約もストップしてしまったと聞き不安です。
長男に賃貸経営を引き継がせる準備として、今のうちに打てる手はないでしょうか。
認知症で賃貸経営が凍結する法的な理由
賃貸借契約の締結・更新、大規模修繕の発注、物件の売却はいずれも法律行為です。
そして、「意思能力」(自己の行為の法的意味を理解する能力)を欠く者がした法律行為は民法上無効とされます。
このため、意思能力を失えば、配偶者や子であっても代わりに契約することは原則できず、
いわゆる資産凍結状態に陥ります。
成年後見制度の限界
認知症発症後の手段としては法定後見制度がありますが、賃貸経営の継続手段としては大きな限界があります。
まず、ご自宅や過去に居住していた建物など居住用不動産の処分(売却・賃貸・抵当権設定等)には
家庭裁判所の許可が必要であり、許可手続のため数か月を要し機動的な売却が困難となるうえ、
不許可リスクを嫌って買い手から敬遠されるおそれもあります。
自宅ではない収益物件の売却は家裁の許可の対象外ですが、後見制度は財産を減らさない、
「現状維持」が基本であり、空室対策のための大規模修繕、建替え、借入を伴う再投資、
相続税対策としての生前贈与・法人化等の積極的な経営判断や投資が事実上行えません。
また、専門職の後見人が選任された場合には、その報酬の負担も生じます。
家族信託という選択肢
家族信託とは、財産の所有者(委託者)が信頼できる家族(受託者)に
財産の管理・運用・処分の権限を託す仕組みです(信託法)。
元気なうちに物件の名義(形式的な所有権)を受託者である子へ移転し、
管理・処分権限を託しておけば、その後認知症を発症しても、信託契約で定めた権限の範囲内で、
受託者が契約当事者として賃貸借契約の締結・更新、修繕、さらには物件売却まで行うことが可能になります。
賃料収入は受益者である父に帰属し、生活費・介護費の原資も確保できます。
後見制度との最大の違いは、家裁の関与がなく機動的に動ける柔軟性にあります。
もっとも、既存ローンがある物件では、金融機関の事前承諾が必要となる場合があるため、
信託契約の設計段階から金融機関を交えて確認しておくことが重要です。
比較項目 成年後見制度 家族信託 利用開始 判断能力低下後 元気なうちに契約 家裁の関与 あり 原則なし 賃貸経営の
柔軟性修繕・売却・再投資は慎重 契約範囲内で柔軟に
対応しやすい賃料収入 本人のために管理 受益者に帰属 向いている
場面財産保護を優先したい場合 経営継続・承継準備を
重視する場合
家族信託を利用するためには
家族信託は、委託者と受託者の間で信託契約(公正証書による作成が推奨されます)
を締結することで始まります。
賃貸不動産を信託する場合には、契約書の作成に加え、信託登記、
家賃収入を分別管理する口座の準備、既存ローンがある場合の金融機関協議など、
実務上の手続きも必要になります。
また、受託者への権限集中に対する他の相続人の不信感が生じるような場合、
将来、遺留分や残余財産の帰属、他の相続人との公平感をめぐる紛争の火種となりがちです。
こうした紛争予防の観点から、信託契約の設計段階で弁護士が関与するだけでなく、
信託開始後も、弁護士が第三者の立場で受託者の違法行為や不正を監視・監督する
信託監督人に就任したり、あるいはオーナー様の判断能力低下後に
その権利をしっかり守って代行する受益者代理人に就任したりすることで、
管理の透明性を担保し、他の親族の不信感を和らげる設計が実務上有効です。
信託契約は委託者に意思能力があるうちにしか締結できません。
お元気なうちのご検討が肝要です。
なお、不動産信託には税法上の留意点もあるため、設計にあたっては
税理士等の専門家とも緊密に連携することが重要です。
家族信託 5つの実務ステップ
❶信託する財産を決める
対象物件・預金・家賃収入の扱いを整理する
❷信託契約を作成する ※公正証書での作成が推奨
委託者・受託者・受益者、権限の範囲を決める
❸信託登記を行う
不動産の名義を受託者へ移す
❹家賃収入の管理口座を準備
信託財産と個人財産を分けて管理
❺金融機関と協議する
既存ローンがある場合は事前確認が必要
*この記事は、2026年5月31日時点の法令等に基づいて書かれています。


